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大阪地方裁判所 昭和61年(行ウ)91号 判決

原告

関茂二

原告

関百々子

右両名訴訟代理人弁護士

出水順

富阪毅

松本研三

東畠敏明

被告

大阪法務局

佐野出張所

登記官

小川斉

右指定代理人

笠井勝彦

外八名

主文

一  被告が昭和六一年八月五日付で原告らに対してなした原告らの大阪法務局佐野出張所昭和六一年七月二二日受付第一〇六六六号共有者長谷千代持分全部移転登記申請を却下する旨の決定はこれを取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  長谷徳治は、もと別紙物件目録一、二記載の各土地(以下「本件土地」という)を所有していた。

(二)  右長谷徳治は、昭和五五年一二月一九日死亡し、同人の妻である長谷千代と徳治の兄弟姉妹及びその子ら二八名とが相続により本件土地の所有権を取得した。

(三)  右長谷千代は、昭和五七年七月二八日死亡したので、原告らは、千代の特別縁故者として大阪家庭裁判所岸和田支部に対し、特別縁故者への相続財産分与の申立をしたところ、同支部は、原告らに対し、本件土地の長谷千代持分の各二分の一ずつを分与する旨の審判をした。

2  原告らは、右審判に従い、昭和六一年七月二二日、被告に対し、長谷千代持分全部移転登記申請(割合は、同持分につき、原告ら各二分の一)をしたところ、被告は、同年八月五日、原告の右登記申請を却下する旨の決定(以下「本件処分」という。)をした。

3  そこで、原告らは、昭和六一年九月二日、大阪法務局長に対し、審査請求をしたところ、同法務局長は、同年一一月五日、審査請求棄却の裁決をし、右裁決は、同月一三日、原告らに送達された。

4  しかし、本件処分は、以下の理由により違法である。

(一) 被告は、本件土地は、長谷徳治の死亡により、その妻長谷千代と他の相続人との共有になつたものであり、さらに右長谷千代の死亡後は、民法二五五条の規定により、同女の持分は、当然に他の共有者に帰属すると解し、したがつて民法九五八条の三の特別縁故者に対する分与の適用の余地がないとして、本件処分をしたものである。

(二) しかしながら、全くの赤の他人が共有者であることもありうるのに、単なる共有持分権者を特別縁故者より常に優先させるのは、合理性に欠けることが明らかであり、この点に関する裁判例を見ても、当初は、被告が、本件処分にあたり、依拠した昭和三七年八月二二日付の法務省民事局長通達(民甲第二三五九号)と同じく、このような場合、民法二五五条が優先するとの解釈をとつていたが、その後昭和四七年以降は、民法九五八条の三を優先させる解釈がとられており、本件に関する大阪家庭裁判所岸和田支部の審判も、この説をとつたものである。

(三) 以上のとおり、本件のような場合、民法二五五条は、民法九五八条の三の適用がない場合に初めて適用されるべきものであるから、本件処分は、法の解釈を誤まつたものといわなければならない。

5  よつて、原告らは、被告に対し、本件処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は、相続に関する人的関係を除いて認める。相続に関する人的関係は不知。

2  同4(一)の事実は認めるが、同4(二)(三)の主張は争う。

三  被告の主張

共有不動産の共有者の一人が相続人なくして死亡した場合には、共有持分については民法二五五条が適用され、法律上当然に他の共有者に帰属するので、共有持分は同法九五八条の三による特別縁故者への遺産分与の対象とはならないと解すべきであり、右解釈に従つて本件登記申請を却下した本件処分は適法である。その理由は次のとおりである。

1  共有者の一人が相続人なくして死亡した場合は、その持分はもともと民法二五五条により他の共有者に帰属し、国庫に帰属するものとはされていなかつたものであるところ、もし、共有持分が特別縁故者への分与の対象となるとすると、分与の対象とならなかつた共有持分は、改正後の同法九五九条の規定により、国庫に帰属することになり、他方、同法二五五条の規定によれば他の共有者に帰属することとなつて両規定が衝突することになるが、両者の関係を調整するための立法の手当てがなされなかつたことに照らせば、昭和三七年の民法改正で同法九五八条の三を新設する際、立法者には、共有持分を特別縁故者への分与の対象とする考えはなかつたといえる。そうすると、立法論はともあれ、現行法の解釈としては、共有持分は特別縁故者への分与の対象とはならないと解すべきであり、登記先例もこの立場をとつている(昭和三七年八月二二日付民事甲第二三五九号法務局長、地方法務局長あて民事局長通達)。

2  また、原告らのいう昭和四七年以降でも、民法二五五条が優先適用されるべきであるとする高裁決定(名古屋高裁金沢支部昭和四九年一一月三〇日決定)もあり、裁判例はなお流動的である。

3  さらに、原告らの利益衡量・価値判断による主張は、立法論としての批判ではありえても、解釈論としては成り立たない議論であるし、その利益衡量・価値判断の内容も必ずしも明確でない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3、4(一)の事実は、相続に関する人的関係を除いて当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、相続に関する人的関係は、原告主張のとおりであることが認められる。

二本件の争点は、不動産の共有者の一人が死亡し、その共有者に相続人がいない場合、その共有持分権は特別縁故者への財産分与の対象となるか否か、すなわち、右のような場合、民法二五五条と同法九五八条の三のいずれが優先して適用されるかという法律解釈の問題であるので、以下この点につき判断する。

1  民法二五五条の規定は、本来、相続人の不存在が確定すると、相続財産は、国庫に帰属することとなるが、右相続財産が、共有持分権の場合にも、そのような扱いを貫くと、その共有物につき、国と他の共有者との共有関係が生じ、徒に権利関係が複雑になり、国としても財産管理上の手数がかかるなどの事態が生じ、不便であるので、むしろ、そのような場合には、その持分を他の共有者に帰属させる方がよいという政策的配慮から、とくに国庫帰属に対する例外を設ける趣旨で定められたものと解される。他方、民法九五八条の三の規定は、昭和三七年法律第四〇号による民法の改正で設けられたものであるが、右規定は、本来国庫に帰属すべき相続財産の全部または一部を被相続人と特別の縁故があつた者に分与する途を開いたもので、相続人なくして死亡した者の遺産の承継者を家庭裁判所の関与によつて定め、それによつて右特別縁故者を保護するとともに、特別縁故者の存否に拘わらず、相続財産を一律に国庫に帰属せしめることの不条理を避けようとするものであり、そこには、遺言制度等の修正ないし補完として、被相続人の合理的意思を推測探究し、いわば遺贈ないし死因贈与を補充する趣旨も含まれていると考えられる。このように、民法九五八条の三の規定も、相続人なくして死亡した者の財産を一律に国庫に帰属させることによる不都合を避けるという面では、同法二五五条と共通する側面を持つものであるから、同法九五八条の三の新設にあたつては、同法二五五条との関係が明確にされるべきであつたところ、この点に関しては、なんら、立法的手当がなされないままであるので、結局は、前記のような両法条の趣旨から、その間の合理的関係を解釈により探求するほかはないというべきである。

2  そこで考えるに、民法九五八条の三の前記の立法趣旨に照らし、相続財産については、それが共有持分であつても、これを遺贈ないし死因贈与の対象とされている場合と同視して取扱うのが適当であること、財産分与にあたり、共有持分だけを特に他の相続財産と区別した取扱いをしなければならない合理的な理由はないこと、また、民法九五八条の三は、特別縁故者であることと並んで相当性をも分与の要件として掲げているのであるから、諸般の事情から、共有持分を特別縁故者に分与するのが、これを他の共有者に帰属させるのに比して不適当であると認められるときは、家庭裁判所が分与の申立を排斥し、同法二五五条の定めるところに従い、他の共有者にその共有持分の帰属をさせて具体的に妥当な結果を得ることが可能であることなどの諸点を考慮すると、民法九五八条の三が同法二五五条に優先して適用されると解した方が、同法二五五条が優先適用されて共有持分権については特別縁故者への分与が許されず、一律に他の共有者に帰属すると解するよりも、より実質的に妥当な結果が得られるといわなければならない。

3 そこで、民法九五八条の三が同法二五五条に優先して適用されるとの考え方が同法二五五条の解釈上可能であるかについてさらに検討するに、同条の共有者の一人が「相続人ナクシテ死亡シタルトキ」というのは、相続人が存在しないということは客観的には被相続人死亡の時点で定まつていることであるから、文理上は共有者死亡時と解釈する余地があるけれども、従来、民法九五八条の三の新設前においては、共有者の一人が死亡しその相続人の不存在が法律手続上確定したときと解されていた(大審院大正六年九月六日決定民録二三―一一三三)のであつて、右解釈は、共有者の一人が死亡したときに、死亡者の債権者が相続財産たる共有持分に対し、自己の債権の執行をすることができなくなるという不合理が生ずることを避けるため、共有持分が他の共有者に帰属する時期を被相続人の死亡時より遅らせ、相続財産に対する清算手続後の相続人不存在を確定する手続が完了した時とすることが妥当であるとの配慮に出たものであつて、相当であると考えられる。ところで、民法九五八条の三の新設前においては、右手続完了時において相続財産は国庫に帰属することとなり、その例外として共有持分が他の共有者に帰属することとなるのであるから、相続人不存在が確定する時は、相続財産が国庫に帰属する時と一致していたのであるが、同法条が新設された結果、右相続人不存在確定時と相続財産の国庫帰属時との間にさらに特別縁故者への財産分与の制度が設けられ、国庫帰属の時期が相続人不存在確定時から右特別縁故者への財産分与手続終了時まで延ばされたことからすると、同法条新設後においては、同法二五五条の定める「相続人ナクシテ死亡シタルトキ」を、相続人の不存在が確定し、かつ、特別縁故者への財産分与がなされないことが確定した時と解釈するのが相当であつて、かかる解釈は、前示の民法二五五条及び同法九五八条の三の立法趣旨や従前の同法二五五条の解釈態度等に照らし、十分可能であると考えられ、これを法解釈の範囲を逸脱した立法論とする被告の主張は採用できない。

4 以上のとおり、共有者の一人が相続人なくして死亡した場合、その共有持分が、他の共有者に帰属するのは、民法九五八条の三の特別縁故者への財産分与がなされない場合であると解すべきところ、本件では、前記のように、大阪家庭裁判所岸和田支部において、原告らを特別縁故者として、本件土地についての長谷千代の共有持分を原告らに分与する旨の審判がなされているのであるから、民法二五五条の適用の余地はなく、本件土地についての長谷千代の持分は原告らに帰属したものであり、被告は、原告らの本件土地についての長谷千代持分全部移転登記申請を受理し、登記すべきものであつて、右登記申請を却下した本件処分は、違法であり、取消を免れない。

三よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官及川憲夫 裁判官徳岡由美子)

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